[タイトル]
「いい会社」とは何か
[著者]
小野 泉、古野 庸一
[出版社]
講談社
[出版年]
2010年7月20日
[ノートor原著情報]
[要約]
「組織と個人の信頼関係」を軸に説得力のある論説を展開した本
まず会社と従業員との関係に関しての歴史的経緯を、バブル前、バブル後、最近、というのを軸に展望している。
その後、「働きがい」に関しての理論を展望した後、いわゆる「業績が良い会社」や「長寿企業」に共通して言えることとして、「組織の価値観・目標・理念が明確で、実際の組織経営に於いてもそれをぶらさない」ことや「個々の従業員を厳しくも暖かく接し、要するに一人一人を大切にして向き合っている」ことがあると主張している。
その後、企業の社会的責任や存在意義について、これからますますその視点を強く意識した組織経営が求められること、最近の若手労働者の価値観は社会的意義を感じられるかどうかを非常に重視してそれがモチベーションにも影響していることを主張している。
そして、「組織と個人の信頼関係」を築くためには、個々の職場での信頼関係の構築が重要で、上司と部下の相互理解が深まるようなコミュニケーションが行なわれることが重要である、と述べている。具体的には、
(1)ややもすると結局上司の価値観の「押付け」と部下が捉えてしまうようなコミュニケーション(「ファクト」と「ロジック」だけでものを見たり、語ったり)となることが多いが、そうではなく、
(2)上司が部下の感情にセンシティブになって、今、目の前にいる相手(部下)の口から出た言葉の裏側に部下がどのような感情を込めているのか、なぜそのような感情を抱いているのか、さらには、
(3)メンバがどのような知識、スキル、志向、スタンス、動機、価値観を持っているかかを探り、それを元に、
(4)部下の話を理解すると共に、部下に対して自分の思いや仕事の意義が伝わるように「語り掛けていく」ことが大切である、
と述べている。
最後に、今後10年から15年間に顕在化しうる組織の問題を展望している。具体的には、(1)高齢化のさらなる進展と団塊Jr.世代の中高年化によるポスト不足、言い換えればキャリア開発を如何に進めるか、という問題と、(2)メンバの非正規化の進展、要するに雇用の更なる流動化の進展の中でメンバへの自律感喚起や権限委譲などの個人として十分に独立した上で、組織と「対等」の関係を築き上げていかなければならないという問題を挙げている。
[感想]
「働きがい」という言葉をだしているが、それを「仕事の意味、社会にとっての重要性」という観点で捉えて論理を展開している本。
論文ではないため、ところどころ教条的な書き方が見受けられるが、数多くの企業のコンサルティングやヒアリングを通じて獲た、「生の声」をベースに議論を展開しているので、非常に説得力がある。
非常に色々な具財が詰まっていて、新書の割りには強持ての本。ただ、ポイントは、「組織と個人の信頼関係の構築には、職場での上司と部下との信頼関係が基本であり、上司が部下と人として向かい合うことが大切」という点。
フレーズ的には、
p.221の「そもそも管理職は、一つの職種である」や「マネジャーに求められるのは、教えるのが上手であること、人の持ち味をうまく発見できること、人の持ち味を引き出すのがうまいこと、持ち味に応じた仕事の割り当てができること・・・」という辺り、さらには、p.225の「管理職に特権階級的な意識があれば、それを解消させていくことが必要である。野球やサッカーでは、主役はプレーをしている選手である。監督は作戦を立てたり、どの選手を使うかどうかを決めたり、選手を励ましたり、教育することは出来るが、試合をするのは選手である」あたりは、「管理職」というものへの「憧れ」は時代遅れの考え方であり、原理的に考えれば、優劣がつくものではないということを指していて、良い言明だと感じた。
2010年10月20日水曜日
2010年10月18日月曜日
音楽で逢いましょう―忘れられぬ人、街、味への讃歌
[タイトル]
音楽で逢いましょう―忘れられぬ人、街、味への讃歌
[著者]
山本 益博
[出版社]
株式会社音楽之友社
[出版年]
2002年4月30日
[ノートor原著情報]
[コメント]
食の世界旅と音楽に関するエッセイ。雑誌「音楽の友」の連載されている(されていた?)エッセイを集めたもの。趣味で借りた本だが、案外色々と参考になる話が載ってた。
1.(p.87)(ある天才的なフランス料理のコックのジョエル・ロブションという人に対して、著者が行った問答)
・・・
そのロブションに、かつて「優れた料理人とは?」という質問をぶつけたことがある。
「頭で考えたことを手ですべからく表現できる人、頭が良くても手が不器用、手が器用に動いても頭が良くない人は良い料理人とはいえない」
それでは「優れたシェフとは?」
「自分の考えていることを他人を使って表現できる人だろう」
という答えが返ってきた。
そしていつだったか彼の完璧主義について尋ねたことがあった。
「料理に完璧というのはあり得ないんだが、いつでもそれを目指そう、近づこうとするのが料理人の良心なんじゃないか。仕事で何かを変えるというのは、内容を改善し、質を上げるためなのだ。そのために、毎日の仕事の再点検を怠ってはならない。いつか完璧という料理を生み出したかったらね」
音楽で逢いましょう―忘れられぬ人、街、味への讃歌
[著者]
山本 益博
[出版社]
株式会社音楽之友社
[出版年]
2002年4月30日
[ノートor原著情報]
[コメント]
食の世界旅と音楽に関するエッセイ。雑誌「音楽の友」の連載されている(されていた?)エッセイを集めたもの。趣味で借りた本だが、案外色々と参考になる話が載ってた。
1.(p.87)(ある天才的なフランス料理のコックのジョエル・ロブションという人に対して、著者が行った問答)
・・・
そのロブションに、かつて「優れた料理人とは?」という質問をぶつけたことがある。
「頭で考えたことを手ですべからく表現できる人、頭が良くても手が不器用、手が器用に動いても頭が良くない人は良い料理人とはいえない」
それでは「優れたシェフとは?」
「自分の考えていることを他人を使って表現できる人だろう」
という答えが返ってきた。
そしていつだったか彼の完璧主義について尋ねたことがあった。
「料理に完璧というのはあり得ないんだが、いつでもそれを目指そう、近づこうとするのが料理人の良心なんじゃないか。仕事で何かを変えるというのは、内容を改善し、質を上げるためなのだ。そのために、毎日の仕事の再点検を怠ってはならない。いつか完璧という料理を生み出したかったらね」
それでは自分のつくる料理に満足したことがない?
「そう。二十代から“完璧”という概念に取り付かれて仕事をしてきた。四十代になって、頭も手も思う存分に動いて、いよいよ完璧な料理が作れるかなと思った瞬間、“完璧”はどんどん遠のいていってしまったよ」
・・・
・・・
2.p.104(イタリア・ミラノのこの道30年のエスプレッソ名人とのやり取り。初めて飲んだときに比べ2回目の方は若干感動が薄かった。そのことを話したところ、名人が午後にもう一度来いというので行ったら、今度は非常にすばらしいものだった。このエピソードから、その名人について)
・・・
私は、かれの仕事ぶりを見ながら、こんなことを思ったものだ。かれは、自分の仕事をけっして労働とは考えていない。たった一杯100円のエスプレッソをサーヴィスするその仕事に、誇りと情熱を持ち続けているのだと。
・・・
3.pp.114-116(著者と著者の娘さんがモーツァルトのオペラ「魔笛」を見に行ったときのエピソード。娘さんには小さいときから魔笛のビデオを子供用ビデオとして見せていたとのこと。で、実際のオペラを見せると、娘さんは夜の女王のコロラトゥーラのアリアを口ずさんでいた。このことを受けて)
・・・
「習うより慣れろ」と昔の人はよくぞ言ったものだ感心しきり・・・・
・・・
暗誦や単なる語呂合わせの暗記には、なぜどうしての「理屈」はいらない。私たちは久しく暗誦、暗記を忘れてしまっているが、耳が覚える音楽というのもこれと同じで、繰り返しの慣れから親しみが沸いてくるのだ。はじめから、つまり慣れてもいないうちから、理屈をつけて解ろうとすると、音楽にも芝居にも近づけない。つまり、名曲、名作には繰り返しに耐えるだけの力があるということにほかならず、それに接近する手段は、夜の女王の首飾りの一件のように、正攻法でなくともなんでもよいのである。そして、優れた歌唱、演奏だったら言うことはない。そのきっかけを作るときだけは、やはり水先案内人が必要ではなかろうか。
・・・
4.p.161(イチローに関する話から、職人というものについて)
・・・
職人は、昨日も今日も明日も同じ仕事を繰り返す。しかし、繰り返し同じことをしているわけではない。
その世界に飛び込んだばかりの新米の小僧は、親方、先輩の圧倒的なスピードの手さばきによる仕事の質の高さと量の豊かさを目の当たりにし、そこで一日でも早く到達したいものだという思いで、夢中になって手を動かし身体を使いながら仕事を覚えてゆく。
繰り返しの中で手が馴れてゆくと、頭で手順を考える前に手が動くようになるから、同じ仕事をしているにもかかわらず、身体が疲れなくなってくる。例えば、ひとつのことを成し遂げるのに、1、2,3,4,5の手順を必要としていたのに、それが1,3,5で達成できるようになるのだ。身体が楽になると、今度は脳が手に6,7・・・・・・の仕事を探すように指令を出す。このとき、新米に向上心が芽生え、職人の志というのが始めて生まれるのである。
目指すは、仕事を簡潔に遂行するための理想のフォーム、「型」の完成である。この理想のフォームを長い修練の果てにつかむことができた職人を人々は「名人」と呼び、それを驚くべきスピードで手に入れてしまった職人を「天才」と言うのではなかろうか。
だから「型」は無駄がなく、美しい。
この職人、言いかえればプロフェッショナルは、なにも大工さんや板前さんに限らない。舞台上にもスタジアムの中にもいるのだ。
5.p.194(93歳という高齢ながら現役のすし職人さんの話で、明治生まれのその職人さんの言葉)
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あたしは、十二歳でこの世界に入ったン。そこでまず教えられたのが、挨拶と言葉遣いと掃除でね。これが、職人というより、人間の基本だぞってね。
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「無理に生きてるってわけじゃない。自然に生きているんだ。こうしてね、仕事しているのが何よりうれ嬉しいやね。
人間ですからね、朝起きてたまに気が乗らないときや、身体がいうこときかないってときもあるけど、100歳になってすし握ってみたいねェ。・・・
・・・
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